結婚してみました

私がこのブログを始めたのは、結婚相談所に入会すると決めてお金を払ったからです。うまくいくかわかりませんが、どっちに転んでもそこそこ面白い展開になるかと思って。

戒め

こういう時私はどうしたら良いのだろう。

神様の戒めではないかと感じてしまう。

 

心配をかけそうなことがあった場合 

どうすれば。

 

新婚二ヶ月で、がんの疑い。

離婚したいと言われることも覚悟していると主人が聞いたら、主人はどういう気持ちになるだろうか。

しかも、子宮体癌の場合全摘が必要みたいだ。子供をのぞむ主人の気持ちに応えられないかもしれないとおもったら、苦しくてたまらない。

 

信用されていない、と感じるだろうか。

それとも、ほっとするだろうか。

 

まだ新居も買わず、結婚式もしていないのに。

陰性だとおもって、落ち着くしかない。

もし陽性でも、一人でいいから子供を。

私の命がなくなる可能性があるなら、

絶対に主人に子供を残したい。

 

がん検診の結果の電話の続き

医師からの電話の後、ネットで、どれくらいの確率で悪性なのか、そもそも子宮体がん検診でわかることはなんなのか調べてみたがよくわからない。

 

とりあえず、何年にもわたって同じ婦人科でずっとみてもらっておいて本当に良かったと思った。もしガンだったとしても昨年保険に入っておいてよかったとおもった。あと、主人と出会い、このタイミングでちゃんとがん検診に行き、先生に、念のため体がん検診もやっておこうと半ば強引に言われてよかった。

あと、仮にがんだったとして、主人にがんが見つかるよりは、私がなるほうがよいとおもった。そしてこれまでは、仕事か子供かと迷っていたけど、このまま子宮摘出だとか、そういうことになるならば、せめて子どもを1人で良いからほしいと強く思うようになった。

 

私はとても優柔不断で、あれもしたいこれもしたいと決めきれなかったけれど、今したいことは、やっぱり主人を大事にしたいということ。陰性だったとしたら、主人にわがままをぶつけてきた戒めだなと心得て、1日1日大切に生きなければいけない、と感じた。

 

そんなことを思いながら、電車でうるっとしてしまった。あの涙はなんの涙なのか。

 

主人への信頼

毎日の仕事の帰り道、いつも私は主人のことを考える。約2時間の帰路、主人のことを一人で思い巡らすとき、心の中は感謝で満たされる。

 

主人は、本当に優しい人だと思う。朝食の用意も、洗い物や洗濯も率先してやってくれる。手伝うというのではなくて、自分からやってくれる。

 

昨日の夜、豊臣秀吉織田信長の草履をあたためたが、僕は〇〇ちゃんのお布団を温めておくんだよ。電気だけどね。といって、布団を敷いて、電気毛布を入れておいてくれた。

 

大腸内視鏡検査のため、食べて良い食事に制限がある時、それを考慮しておでんなどを煮ておいてくれた。足りなかったらいけないと、うどんやらゼリーやらも買って用意してくれてくれた。

 

でもやっぱり忘れられないのは、台風の日、私は大阪からの出張の帰りだったが、夜、新幹線が遅れに遅れたときでも、駅で帰りを1時間も待っていてくれたこと。

 

お花の好きな私に、お花だけでなく、これからもお花を飾れるようにと花瓶をプレゼントしてくれたこと。

 

夫婦は馴れ合いになって喧嘩もするようになるというけれど、なるべく長くこのままの時間が続きますように。

9連休

主人と過ごすはじめての年末。

2人でゆっくり時間を過ごすことができて、かなり幸せだった。

 

28日 年末やることリストをカレンダーの裏に書き出して貼った。あと、ふるさと納税やカタログギフトの注文。宅急便の受け取り。主人は忘年会。主人のパソコンが壊れて、夜まで色々やっていた。

29日。ベッドの解体。もようがえ。中華料理やさんにいき、スーパーで食糧を調達。昼寝。グランメゾン東京上映会。

30日。ラジオ体操。不用品の整理。物置の整理。夜までかかった。

31日。カインズ、ニトリで不足しているものを買って修理。お昼はすき家で。イオンで親戚周りの準備や買い出し。31日なのでサーティーワンでアイスを食べる。夜は年越し蕎麦を食べたあと、クラッカーとチーズ、ピスタチオなどをつまみに、紅白を見てワインを飲む。

1日は主人の実家へ挨拶。おせち料理をいただく。ニトリモールでクレープを食べる。夜はお刺身。格付けを見ながらワインを飲む。

2日。ラジオ体操。昨年のレビュー。私の実家挨拶と出してなかった人へ年賀状を送る。

3日。掃除。家族会議。結婚式をどうするか、今後の住まいをどうするか、家計管理をどうするか。共通の趣味をどうするかを話し合う。

4日。ふるさと納税の書類を書く。主人と2人でゼクシーカウンターに行く。ワタベウエディングに行く。内祝いを買う。

5日。家計簿をつける。HISのウエディングデスクにいく。内祝い調達の続き。

 

 

反省

私の夫は、とても優しい。

いつも私の味方でいようと努力してくれる。

私の体調が悪いとき、料理も掃除も洗濯もしてくれる。

いつもできるだけ多く話を聞いて、聞くだけでなくどうしたら私の気持ちが落ち着くのかを考えてもくれる。

私が喜ぶようにと色々なところに連れて行ってくれる。

繰り返し、励ましの言葉をくれる。

お祝いもたくさんしてくれる。

借金もないし、酒癖も悪くなく、タバコも吸わない。

 

こんなに優しい人はいないのに、どうして責めてしまうのだろう。

時々、無理をしているのではないかととても心配になる。

 

幸せを感じるほど、失うのが怖くなる。

とても落ち着かない。

心配ごとを徹底的に潰さないと、こわくてたまらなくなる。

 

最近、その傾向がとても酷くて、相手の優しさに対して、悪意で返してしまうことがある。

私の心が本当に望んでいることは、夫との幸せな暮らし、それだけなのに、それを願うあまりに夫を傷つけ困らせることは、すごく矛盾だ。

 

私は臆病で、怖がりだ。

環境が変わることにも弱い。

それなのに、欲張りだし、気分も変わりやすい。

 

自分でも、結婚に不適任な人間のような気がしていたのに、結婚してしまった。

 

おおらかで心が強くあれば、私は夫の優しさを信じ、周りとももっとうまくやれるのかもしれない。でもできていない。

 

自分の心の中に恐れがあるから、相手を責めてしまう。本当に大好きだと思って結婚したのに、最近毎日鬱っぽい状態が続いている。そのうち夫に愛想をつかされてしまうかもしれない。

 

姑とのトラブル その後

昨日も一昨日も泣いた。

ただでさえ取引先担当者のハラスメントに悩まされて頭がおかしくなりそうなのに、姑の謎の行為でキャパオーバー。食べたご飯を胃が受け付けずに吐いてしまった。

 

私は、こんな小さなことくらいで崩れてしまうことを、夫に対してとても申し訳ないと思った。一方で、夫がきちんと義母とコミュニケーションをとり信頼してもらっていれば、こちらに火の粉が飛んでくることもなかったのにという思いもあった。

 

夫は昨日、1日仕事だった。

私はずっと床に伏せていて、ろくになにも食べられず、なにも家事もできなかったので、せめて夕飯くらいは出前でも用意しておかないとと思い、釜飯を頼んでおいた。

 

夫は帰宅すると、私のことを心配し、義母と話したことを話そうとしたが、私がその前に夫に対して、もう限界だから離婚したい。家から出て行って欲しい。義母と2人で都合のいい嫁を新しく探してくださいと頼んだ。

 

その後しばらく私は、辛い気持ちに耐えきれずにただひたすら夫を罵倒し、泣いた。夫はただ、ゴメンというばかりで、そんなものなんの解決策にもならないとまた夫を責めた。夫は、俺に母親を殺せとでもいうのかと言った。その時に私は、相手が絶対にYESと言えないような質問を投げかけるのは、相手を無理やり力で承服させるのと一緒だ。悩まされているのはこっちであり、そもそも解決すべきは夫と夫の母のコミュニケーションだと伝えた。ゴメンと言われても根本的に解決するわけじゃない。馬鹿にするのもいい加減にしろ、と。

 

その後夫はちょっとキレていた。でも、そのあときちんと話をした。

 

夫は義母と電話で話し、義母の行為の理由を問いただした。それによると、義母は思いつきでものを言って人を傷つけてしまう傾向があり、かつても親戚中の多くの人と同様のトラブルがあったらしい。しかしどのようにいうと傷つけてどのように言えば傷つけずにすむのか本人はわからないらしく、悪気はなかったを繰り返すのみらしい。さらに今回のこともなにが問題だったのか結局理解できないらしく、論理性が一切ないので議論のしようもないそうだ。

言葉の刀を振り下ろして、最後は悪気はなかったといい、今後一切口は出しません、と言ってきた。やり逃げに等しい。なんなの。